人生はネタという話

以前に周囲の人間に私が何気なーく放った言葉だか、『とても気に入っている』とのレスポンスを頂いたのでもう少し掘り下げてみようと思う。

 

自分の半生を振り返るとそこそこ波乱万丈であり、1から10まで説明すると往々にして『大変だったね』『気の毒』『不幸せ』という反応を得る。あまり面白い話ではないし、不幸自慢をしたい訳ではないので端折る。簡潔に言うと『家族に恵まれないまま大人になった』ので、AC由来のうつ状態が今も出る。

 

物心ついた時から『死にたみ』がまとわりついでおり、きっと自分はどっかで自死するから大人になる事はないだろう、と思っていた私が妙齢となり風変わりなおしゃカフェをオープンさせた...全くもっての想定外の出来事であり、願いが叶うなら小学生の頃の自分に教えてやりたい。そうすればもう少し真っ直ぐな大人になっていたであろうか?いや、多少ひねくれてはいるがここまで生きてきた事自体が奇跡だ。そこにどんなカラクリがあったのだろう?

 

答えは『シュールなものに心惹かれるサブカル女子に育ったから』。

 

これに尽きる。家族には恵まれなかったがその代わりか友人には恵まれ、交友関係の中から世の中をちょっとナナメに見ている様な生き方の学友に感銘を受け、JK時代は独自のスタイルの確立に全力を注いだ。制服のスカートはくるぶし丈でタイトにし、靴紐の左右の色を変えたりした。限られたコミュニティの中で支持者が現れる様になり、この頃から『人は人、自分は自分』との悟りを開く。

 

そうなると尊敬する人物はMJことみうらじゅん氏だ。彼は自然体で自分が楽しむ事で人々を引きつける。そんな生き方を自分も貫きたいと強く共感した。その結果たどり着いたのが冒頭の『人生はネタ』である。

 

敢えて端折った話を蒸し返す。

生まれも育ちも東京都江戸川区小岩出身の、本来であればチャキチャキの江戸っ子であろう男を父親に持つが、彼は妻子を捨てて自分探しの旅に出たまま未だ行方知れずである。ついでに言うと生死不明だ。こんな男気のない男の話があるであろうか。

制服に身を包んでいた時代はこの話を誰にもした事がなかった。家庭内の恥ずべき黒歴史と捉えていたからである。

しかし今はどうだ。そんな父親、持とうと思っても持てまい。江戸っ子の癖に前世はジプシーか何かではなかろうか。ジワる。立派なネタである。

 

ポジティブ思考ネガティブ思考、調子の善し悪し、人の気持ちの温度はけっして一定ではないと思うが、とりあえず面白い方向に考えてみよう。

私の人生、案外悪くない。

 

東京の片隅にある、ちょっと不思議なカフェの話

言わずもがな、自分の店の話です。

 

『メム』がオープンして2週間とちょっと経ちました。群ようこ桜庭一樹あたりの小説に出てきそうな、シンプルだけど味やインテリア全てにこだわりがあって、東京のど真ん中ではなくほどほどの郊外にあって、スタッフは気さくだけどちょっと影もあってみたいなカフェ...本当にあったら素敵だなと思っていたら、自分が作ってしまいました。不思議です。人生ってわからんもんだな、を身を持って体験しています。

 

これを綴っている今は営業時間中、世間はランチタイム真っ最中で飲食店ならどこもピークタイムでしょうが、残念ながら今日のメムはお客さんゼロ。相方のスタッフわったも所要で出ている為、約20㎡の客室の真ん中に1人ポツンと座っています。

 

焦り...無いわけではないが、まだ1ヶ月もたっていないしこんなもんかなぁ、という感じもする。主にツイッターを宣伝媒体としており、ホームページも完成したし、ショップカードの準備を進めてはいるが、私が本当に求めているのは『口コミ』での集客だ。もちろんメディアに載りたい欲もあるが、実際に来てくださった方の『また行きたい』が1番説得力があると思う。何より、私自身がカウンターで賄い飯を食べている時に1日の中で1番の幸せを感じている。ゆったり寛ぐ空間で食べるゴハン。これに勝る幸せがあるだろうか。

 

昨夜の事。飲みにいらっしゃった近所の年配の男性のお客様と色々お話していたら、お客様が突然泣き出してしまった。飲み屋でこんな風に自分の事を色々話したのは初めてとの事、何故か涙が出てきたと。それがいいとか悪いとかそういう事ではなく、私はその方の気持ちが今解放されたのだなぁと思った。

 

色んな人に来て欲しい。それは経営的な面だけではなく、『もっともっといっぱい人と話をしたい』と私もわったも昨夜を経て強く感じた。年齢とか性別を越えて、色々な境遇の人と話をしたいし、そういった人達の交差点でありたい。それは私が企業をしようと思った時のコンセプトでそこから1mmもブレてはいないが、それを再確認出来た、という話。

 

 

 

 

 

本当に店主になった話

今、自分の店のカウンターに座っています。客室とキッキン合わせて約30㎡のほぼ中央、私はオシャカフェの店主になりました。

 

今までの経緯や都度思ったことなどはクラウドファンディング『CAMPFIRE』の投稿欄に上げておりましたが、主なものをこちらに移行し、今後はこちらから144文字では伝えられない事をぶん投げていきたいと思いますので、どうぞよしなに!

 

色々振り返って、やはり感謝しかない話

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写真は昨夜の10時。内装デザインリーダーの造形作家のありさん(通称:あリーダー)が店内の壁画を作成している様子です。私とあリーダーだけの空間。あリーダーは製作に没頭し、それを後から息を殺して見ている私。不意に涙がこぼれそうになりました。

私が『マイノリティーと非マイノリティーが相互理解し合えるサードプレイスを作りたい!』と初めて声に出したのは、確か3月中旬だったのではないでしょうか。初めはまさに独り言の様なツイート。自分の発言が自分に火をつけ、色々な構想がどんどん膨らんで行き、言葉は泉のように私から溢れ出してそれを見た方が一人、また一人と泉の水を求めて集まってきた。いつの間にか小さな流れは川となり更に多くの人を呼び寄せ、私は物件を借りるに至り、『オーナー』と呼ばれ、そしてもうすぐ私の想いが現実になろうとしている。

今年初頭には夢も希望もなかった。誰にも迷惑をかけずに消えてしまう方法を真剣に考えていた。そんな自分に今は多くの人が協力して下さっている。次は私の番だ。私の好きな言葉を1つご紹介して、このCAMPFIREブログは終了となります。ありがとうございました。

『ひとりはみんなの為に、みんなはひとりの為に』By ウォルト・ディズニー

声を大にしてお礼を言いたい話

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先日のたこ焼きパーティーの写真を、と思ったのですが、自分は焼くばかりで1枚も写真を撮っていない事に気付いたので、昔焼いたアースたこ焼きの画像を載せておきます。

先週火曜に物件の契約を取り交わし、その翌日からボランティアの皆さんと共に駆け抜け(主にジモティーで見つけた椅子を貰いに都内を走り回っていた)、流石に疲れを感じ始めていたので昨日は早上がりをし、帰ったらそのまま爆睡し夜中に目がさめたので『目標達成まであと僅か!』的なブログを投下してまた深い眠りに落ちました。

そして今目がさめてみると…何と目標額達成となっているのではありませんか!夢か?いや、夢はハンバーグを食べるかどうか悩んでやめるという夢だった。CAMPFIREは現実だ。本当にありがとうございます、ただただ感謝です。

思い起こせば...ここまでは紆余曲折を経て来た訳ですが(過去ブログちょいちょい参照)、今日は店名である『メム』の由来をもう一度。

北海道出身の私は同じく北海道出身の親友ヒグチトモミが立ち上げたアパレルブランドの名前『レタル(アイヌ語で白の意)』が何かシャレオツだなと思い、自分の愛称である『和泉=泉』をアイヌ語で何というか調べた所、いくつか同義の言葉が出てきた中で1番語感が可愛い『mem=メム』にしました(表記はひらがなかカタカナか迷ったので、Twitterアンケートで決めた)。

泉...水がこんこんと湧き出るように色々な素敵な事が絶えず生まれ、そして多くの人が集う憩いの場。メムはそんな場所になります。これを読んで下さったあなたの泉になりますように。